秋のお彼岸の由来や意味とは?なぜお彼岸にお墓参りをするのか

子供たちも楽しかった長い夏休みが終わると9月に入り、秋が近づいていると感じるのではないでしょうか。

秋が近づくと「お彼岸」という言葉がいたるところから聞こえてきますし、目にします。

お彼岸にはお墓参りに行くと、当たり前のように思っていましたがなぜお彼岸にお墓参りに行くのでしょうか。

また、お彼岸とはどういう意味でどんな由来があるのでしょうか。

普段、何気なく行っていたことですが、意外を知らない人も多いので調べてみました。

<お彼岸の由来と意味>

お彼岸という言葉自体、よく考えれば意味がわからないという人も多いのではないでしょうか。

「彼岸」という言葉は仏教用語で、サンスクリット語のパーラミター(波羅蜜多)が語源となっています。

パーラミターというのは、煩悩や悩み事を乗り越えて達する悟りの境地のことで、「到彼岸」のことを言います。

パーラミターとは逆に煩悩や悩み事に捕らわれている世界が私たちの住む世界で此岸(しがん)と呼ばれています。

この、此岸にいる人は六波羅蜜という6つの修行を行うことで彼岸にたどり着くとされているのです。

六波羅蜜とは、「布施、持戒、忍辱(にんにく)、精進、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)」のことを言い、他人に施し、自分を戒め、忍耐力を鍛え、心の安定を保ち、真実を見るというように、日ごろ心がけなければならないことですが、なかなかできない6つのことを行うことで彼岸にたどり着くと言われているのです。

現代では秋分の日から前後3日を加えた7日間が彼岸と呼ばれていますが、この期間にお墓参りに行きます。

ですが、仏教では、この7日間に修行をすると良いとされていました。

その理由は、太陽が真東から昇り、真西に沈むのが秋分の日で、真西には極楽浄土の教えから阿弥陀如来が鎮座している浄土があると言われているので、この日に修行をすると極楽浄土に行けると言われていたのです。



<なぜ彼岸にお墓参りをするのか>

では、なぜお彼岸にお墓参りをするのでしょうか。

仏教の言い伝えでは彼岸の7日間は修行をしていたとあります。

それがお墓参りになったのはなぜでしょうか。

これは日本の風習で、仏教国で知られるインドやその他の仏教国では彼岸にお墓参りをする風習はありません。

彼岸というのは仏教の教えですが、彼岸にお墓参りをするのは日本だけなのです。

そこで、なぜ日本で彼岸にお墓参りをするのか調べてみました。

昔から日本では農耕の儀式や自然を崇拝する風習がありました。

雨が少ない時期には雨ごいをしたり、雨が多い時は晴れを祈って祈祷したり、作物の種まきの時期には五穀豊穣を祈願したりと、農耕や自然に対して崇拝する風習があったのです。

そして仏教が日本に伝来する前から「神道」という、神様は全てのものに宿るという考えがありました。

八百万の神とは、このことです。

つまり、太陽も神様になりますから、そこに仏教が伝わり太陽が真西に沈む秋分の日に先祖を供養する風習が始まったのではないかと言われています。

太陽が真東から真西に沈むのは秋分の日と春分の日の年に2回です。

ですので、秋も春も、どちらも「お彼岸」と言われ、年に2回は家族そろってご先祖様を供養するようにお墓参りが始まったと言われています。

また、彼岸は「日願(ひがん)」に由来しているとも言われています。

日願とは、その字の通り「日に願う」ということになりますが、太陽は全ての恵みをもたらしてくれます。

その太陽を神として信仰し、太陽(日)に願うことで恵みがもたらされると言われているのです。

日本には昔から目に見えない者への信仰心があり、そこに仏教が入ってきたことでさらに信仰心が高まったのではないでしょうか。

<お彼岸には六波羅蜜を>

仏教の教えである六波羅蜜は毎日するには本当に修行僧のように大変です。

ですが、年に2回のお彼岸の時だけでも六波羅蜜を実行し、ご先祖様を敬い供養するようにという意味も込められていますので、家族全員でお墓参りをした日には、六波羅蜜を実践してみましょう。

きっと、いつもと違う自分に出会えて身も心もすっきりするのではないでしょうか。

ただし、六波羅蜜は修行というほど大変なものですので無理にする必要はありませんし、お子様にも厳しい教えですので、大人が実践していくことでお子様にも伝わっていくとお彼岸の正しい意味が伝わっていくのではないでしょうか。




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